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平成16年2月19日
独立行政法人理化学研究所
細菌の環境センサータンパク質の新しい情報伝達機構
- 酸素センサーとリン酸化反応が結びついた仕組みを発見 -

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、微生物、植物に広く分布するセンサータンパク質が細胞内情報伝達を行うときのリン酸化反応の新しい仕組みを発見しました。 理研播磨研究所生体物理化学研究室の城 宜嗣主任研究員、中村寛夫先任研究員および法政大学今井清博教授らによる理研モレキュラーアンサンブル、バイオアーキテクト研究グループの成果です。
  細菌は光、酸素、栄養などの環境の変化を感知するために「二成分情報伝達系」※1というタンパク質ファミリーを多数発達させてきました。 この「二成分情報伝達系」では、環境因子(リガンド)を感知したセンサータンパク質※2
ATP※3を使ってペアのタンパク質をリン酸化することで細胞内に情報を伝えます。
今回の研究では根粒菌中に存在するヘム(鉄−ポルフィリン錯体)※4を含む酸素センサータンパク質FixLを試料にして、リン酸化反応の産物である ADP※3によってヘム鉄と酸素の結合の強さが変化することを世界で初めて発見し、センサー機能とリン酸化反応を結び付けたメカニズムを明らかにしました。
「二成分情報伝達系」は、ほ乳類などの動物には存在しないので、このようなリン酸化反応の基本的なメカニズムを解明することで病原性細菌などに対する抗生物質の開発につながるものと期待されます。
  本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the U. S. A.:PNAS』のウェブサイト(http://www.pnas.org、2月16日付け、日本時間2月17日号)に発表されました。

1.背 景
細菌は光、酸素、栄養などの環境の変化を感知するために「二成分情報伝達系」というタンパク質ファミリーを発達させてきました。この「二成分情報伝達系」では、環境因子(リガンド)を感知したセンサータンパク質(センサーキナーゼ)がATPを用いて、まず、自分自身をリン酸化します。次いで、レスポンスレギュレーターというもうひとつのタンパク質にそのリン酸基を渡すことで細胞内に情報を伝え、細胞の走化性(運動性)や遺伝子の発現などの細胞応答を制御しています。「二成分情報伝達系」は、大腸菌K-12株では少なくとも29組もあり、様々な環境に適応して生育していることがわかります。また、植物にも存在し、サイトカイニンやエチレンなどの植物ホルモンのセンサーとして働いています。

これら「二成分情報伝達系」のセンサーキナーゼではリガンドの構造が様々であるため、センサー部位の構造も多様性に富んでいますが、リン酸化部位、ATP結合部位、レスポンスレギュレーターのリン酸基受容部位のアミノ酸配列は各々「二成分情報伝達系」ファミリー内で良く保存されており、リン酸化の化学反応のメカニズムは共通であると考えられています。しかし、リガンドの感知とリン酸化反応を結び付けるメカニズムに関しては依然不明のままです。
本研究では、根粒菌がマメ科植物に共生し、窒素ガスからアンモニアを作り出す窒素固定反応を行う時に必要な低酸素環境を感知するFixLという酸素センサータンパク質に着目しました(図1)。他のセンサーキナーゼは細胞からタンパク質を取り出しても感知すべきリガンドの結合/解離を示す目印がないため、センサータンパク質のリガンド結合状態を調べる実験が困難だからです。これに対し、FixLタンパク質はセンサー部位に赤い色素団であるヘムを含んでおり、酸素結合によって色が変わる性質(吸収スペクトル変化)をもっており、酸素が解離するとリン酸化反応が開始されることが知られています。そこで、このヘムの性質を利用して、様々な条件での酸素結合能の変化を分光光度計で測定しました。

2.研究手法と成果
 酸素センサーキナーゼFixLタンパク質は血液のヘモグロビンと同様にヘムという補欠分子族を含む赤色タンパク質で、酸素結合に伴い吸収スペクトルが変化します(図1)。そのため、分光光度計を用いることで比較的簡単に酸素結合の強さを測定することが出来ます。本研究ではFixLタンパク質とそのレスポンスレギュレーターであるFixJタンパク質を精製して、両タンパク質を含む溶液の組成を換えながら酸素の着きやすさ(酸素親和性)を測定しました。
 FixLタンパク質の酸素の着脱の目安は酸素の解離定数に換算しておよそ50microMです。しかし、ATPを溶液に加え、低酸素条件でリン酸化反応を進行させた後に酸素親和性を測定したところ約5倍低下していることが判りました。リン酸化に利用できない類似体であるAMP-PNPやAMP-PCPではこのような効果はなく、意外にもリン酸化反応の産物であるADPが酸素親和性を低下させる物質であることが判明しました。また、リン酸化反応に必要とされるATP結合部位の変異体ではADPによる酸素親和性の低下が見られなかったことから、ADPはATPと同じ部位に結合することが示唆されました。このようにFixLタンパク質の性質を利用し分光光度計を用いることで、センサーキナーゼのリガンド親和性がリン酸化反応の産物であるADPによって変化するという現象を世界で初めて発見しました。
 FixLタンパク質は酸素が解離した時にリン酸化反応を行います。したがって、ADPによる酸素親和性の低下はFixLタンパク質がリン酸化活性をもつ酸素解離型になりやすくなることを意味します。しかし、ADPがATPと結合場所を奪い合うことはリン酸化反応を阻害するようにも考えられます。本研究ではこのような一見矛盾する現象を説明するために、FixLタンパク質が2分子(ホモダイマー)で働くという点に着目して、「2気筒レシプロエンジンモデル」を提案しました(図2)。このモデルはFixLタンパク質がセンサー部位で酸素を感知しながら効率良くFixJタンパク質にリン酸基を渡す仕組みを含んでおり、「二成分情報伝達系」において少数のセンサーキナーゼ分子がリガンドを感知して、多数のレスポンスレギュレーター分子をリン酸化するという、細胞内信号増幅の現象を説明するものです。

3.今後の展開

本研究で発見したADPによるリガンド親和性の変化はADPがセンサー部位に結合するのではなく、他のセンサーキナーゼと保存性の高いキナーゼ部位に結合することによるものであることから、普遍的なメカニズムであると推定されます。また、センサーキナーゼ、レスポンスレギュレーターの立体構造の解析も着手しており、「二成分情報伝達系」に共通したリン酸化反応のメカニズムの解明を目指しています。このような研究を基にして、自己リン酸化やリン酸基転移反応を阻害するような薬剤を開発することで、病原性細菌の感染や増殖を抑えることが出来ると期待されます。

補足説明
※1 二成分情報伝達系
 細菌、カビ、植物に広く分布する情報伝達系です。環境因子をセンサー部位で感知し、自身の特定のヒスチジン残基をリン酸化するセンサーキナーゼとセンサーキナーゼからリン酸基を特定のアスパラギン酸で受け取ることで活性化されるレスポンスレギュレーターからなります。レスポンスレギュレーターはおもに転写因子として働き、特定の遺伝子の発現を制御します。

※2 センサータンパク質
生物は単細胞でも多細胞生物の個体でも光、酸素、栄養、ホルモンなどの細胞外因子(リガンド)の変化を感じ取り、その信号を細胞内に伝達することで、生存、増殖、発生、分化、行動などさまざまな応答をしていますが、これらのリガンドを感知するセンサーの本体はタンパク質です。センサータンパク質はリガンド感知の後、他のタンパク質との結びつきの強さを変えたり、リン酸化することで細胞内にその情報を伝達します。

※3 ATP、ADP
アデノシン3リン酸、アデノシン2リン酸の略です。ATPはおもにミトコンドリアでADPをリン酸化することで作られます(酸化的リン酸化)。ATPは細胞が利用しうる高エネルギーリン酸結合をもっており、細胞のさまざまな化学反応に利用されるため、生体共通の「エネルギー通貨」と呼ばれています。また、ATPやADPは核酸の材料でもあります。リン酸基はタンパク質中のアミノ酸に結合することで、そのタンパク質の性質を変えることができるため、情報伝達系キナーゼはATPをリン酸基供与基質として利用し、情報伝達の相手となるタンパク質をリン酸化します。

※4 ヘム
鉄−ポルフィリン錯体。動物の血液中で酸素運搬をしているヘモグロビンや、筋肉中で酸素を貯蔵しているミオグロビンなどの活性中心で、これらタンパク質の赤色の本体です。他にもヘムを結合したタンパク質(ヘムタンパク質)は、生体内に多数・多種類存在し、様々な生理機能を担っています。


●図1

酸素センサーFixL/FixJ二成分情報伝達系:センサー部位のヘムに酸素が結合している時にはFixLタンパク質のキナーゼ活性は抑制されているが、環境の酸素濃度が低下すると、酸素が解離しキナーゼ活性が回復する。この時、ATPを使ってヒスチジン残基の自己リン酸化が起こり、続いて、FixJタンパク質にリン酸基を渡す。リン酸化したFixJタンパク質は2量体となり、窒素固定反応に関連した遺伝子のプロモーターに結合し、その転写を促す転写因子の働きをする。FixLタンパク質は酸素の結合/解離にともない、その「色」を変える。
●図2
センサーキナーゼの2気筒レシプロエンジンモデル:FixLタンパク質はふたつの同一のサブユニットからなるホモダイマーで機能している。2気筒レシプロエンジンモデルでは、酸素解離に伴うサブユニットAでのATPからのリン酸基転移反応(ステップA)によるADP生成がサブユニットBの酸素親和性を低下させ(ステップB)、サブユニットBでのATPからのリン酸基転移反応を促進させる(ステップC)。このようにサブユニット間の相互作用により、交互にATPを用いたリン酸化反応と酸素親和性を調節することで、効率的にFixJタンパク質をリン酸化する。


<本件に関する問い合わせ先>
生体物理化学研究室              
  主任研究員 城 宜嗣

TEL: 0791-58-2936, FAX: 0791-58-2818
先任研究員 中村 寛夫

TEL: 045-508-7223, FAX: 045-508-7364
独立行政法人理化学研究所 播磨研究所
 研究推進部   上原 みよ子

TEL:0791-58-0900 FAX:0791-58-0800
(報道担当)
独立行政法人理化学研究所
 広報室   駒井 秀宏

TEL:048-467-9272 FAX:048-467-4715