平成16年2月19日
独立行政法人理化学研究所 |
|||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
1.背 景 細菌は光、酸素、栄養などの環境の変化を感知するために「二成分情報伝達系」というタンパク質ファミリーを発達させてきました。この「二成分情報伝達系」では、環境因子(リガンド)を感知したセンサータンパク質(センサーキナーゼ)がATPを用いて、まず、自分自身をリン酸化します。次いで、レスポンスレギュレーターというもうひとつのタンパク質にそのリン酸基を渡すことで細胞内に情報を伝え、細胞の走化性(運動性)や遺伝子の発現などの細胞応答を制御しています。「二成分情報伝達系」は、大腸菌K-12株では少なくとも29組もあり、様々な環境に適応して生育していることがわかります。また、植物にも存在し、サイトカイニンやエチレンなどの植物ホルモンのセンサーとして働いています。 これら「二成分情報伝達系」のセンサーキナーゼではリガンドの構造が様々であるため、センサー部位の構造も多様性に富んでいますが、リン酸化部位、ATP結合部位、レスポンスレギュレーターのリン酸基受容部位のアミノ酸配列は各々「二成分情報伝達系」ファミリー内で良く保存されており、リン酸化の化学反応のメカニズムは共通であると考えられています。しかし、リガンドの感知とリン酸化反応を結び付けるメカニズムに関しては依然不明のままです。 本研究では、根粒菌がマメ科植物に共生し、窒素ガスからアンモニアを作り出す窒素固定反応を行う時に必要な低酸素環境を感知するFixLという酸素センサータンパク質に着目しました(図1)。他のセンサーキナーゼは細胞からタンパク質を取り出しても感知すべきリガンドの結合/解離を示す目印がないため、センサータンパク質のリガンド結合状態を調べる実験が困難だからです。これに対し、FixLタンパク質はセンサー部位に赤い色素団であるヘムを含んでおり、酸素結合によって色が変わる性質(吸収スペクトル変化)をもっており、酸素が解離するとリン酸化反応が開始されることが知られています。そこで、このヘムの性質を利用して、様々な条件での酸素結合能の変化を分光光度計で測定しました。 2.研究手法と成果 酸素センサーキナーゼFixLタンパク質は血液のヘモグロビンと同様にヘムという補欠分子族を含む赤色タンパク質で、酸素結合に伴い吸収スペクトルが変化します(図1)。そのため、分光光度計を用いることで比較的簡単に酸素結合の強さを測定することが出来ます。本研究ではFixLタンパク質とそのレスポンスレギュレーターであるFixJタンパク質を精製して、両タンパク質を含む溶液の組成を換えながら酸素の着きやすさ(酸素親和性)を測定しました。 FixLタンパク質の酸素の着脱の目安は酸素の解離定数に換算しておよそ50microMです。しかし、ATPを溶液に加え、低酸素条件でリン酸化反応を進行させた後に酸素親和性を測定したところ約5倍低下していることが判りました。リン酸化に利用できない類似体であるAMP-PNPやAMP-PCPではこのような効果はなく、意外にもリン酸化反応の産物であるADPが酸素親和性を低下させる物質であることが判明しました。また、リン酸化反応に必要とされるATP結合部位の変異体ではADPによる酸素親和性の低下が見られなかったことから、ADPはATPと同じ部位に結合することが示唆されました。このようにFixLタンパク質の性質を利用し分光光度計を用いることで、センサーキナーゼのリガンド親和性がリン酸化反応の産物であるADPによって変化するという現象を世界で初めて発見しました。 FixLタンパク質は酸素が解離した時にリン酸化反応を行います。したがって、ADPによる酸素親和性の低下はFixLタンパク質がリン酸化活性をもつ酸素解離型になりやすくなることを意味します。しかし、ADPがATPと結合場所を奪い合うことはリン酸化反応を阻害するようにも考えられます。本研究ではこのような一見矛盾する現象を説明するために、FixLタンパク質が2分子(ホモダイマー)で働くという点に着目して、「2気筒レシプロエンジンモデル」を提案しました(図2)。このモデルはFixLタンパク質がセンサー部位で酸素を感知しながら効率良くFixJタンパク質にリン酸基を渡す仕組みを含んでおり、「二成分情報伝達系」において少数のセンサーキナーゼ分子がリガンドを感知して、多数のレスポンスレギュレーター分子をリン酸化するという、細胞内信号増幅の現象を説明するものです。 3.今後の展開 本研究で発見したADPによるリガンド親和性の変化はADPがセンサー部位に結合するのではなく、他のセンサーキナーゼと保存性の高いキナーゼ部位に結合することによるものであることから、普遍的なメカニズムであると推定されます。また、センサーキナーゼ、レスポンスレギュレーターの立体構造の解析も着手しており、「二成分情報伝達系」に共通したリン酸化反応のメカニズムの解明を目指しています。このような研究を基にして、自己リン酸化やリン酸基転移反応を阻害するような薬剤を開発することで、病原性細菌の感染や増殖を抑えることが出来ると期待されます。 |
|||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
※1 二成分情報伝達系 細菌、カビ、植物に広く分布する情報伝達系です。環境因子をセンサー部位で感知し、自身の特定のヒスチジン残基をリン酸化するセンサーキナーゼとセンサーキナーゼからリン酸基を特定のアスパラギン酸で受け取ることで活性化されるレスポンスレギュレーターからなります。レスポンスレギュレーターはおもに転写因子として働き、特定の遺伝子の発現を制御します。 ※2 センサータンパク質 ※3 ATP、ADP ※4 ヘム |
|||||||||||||||||||
●図1 | |||||||||||||||||||
![]() 酸素センサーFixL/FixJ二成分情報伝達系:センサー部位のヘムに酸素が結合している時にはFixLタンパク質のキナーゼ活性は抑制されているが、環境の酸素濃度が低下すると、酸素が解離しキナーゼ活性が回復する。この時、ATPを使ってヒスチジン残基の自己リン酸化が起こり、続いて、FixJタンパク質にリン酸基を渡す。リン酸化したFixJタンパク質は2量体となり、窒素固定反応に関連した遺伝子のプロモーターに結合し、その転写を促す転写因子の働きをする。FixLタンパク質は酸素の結合/解離にともない、その「色」を変える。 |
|||||||||||||||||||
●図2 | |||||||||||||||||||
![]() |
|||||||||||||||||||
センサーキナーゼの2気筒レシプロエンジンモデル:FixLタンパク質はふたつの同一のサブユニットからなるホモダイマーで機能している。2気筒レシプロエンジンモデルでは、酸素解離に伴うサブユニットAでのATPからのリン酸基転移反応(ステップA)によるADP生成がサブユニットBの酸素親和性を低下させ(ステップB)、サブユニットBでのATPからのリン酸基転移反応を促進させる(ステップC)。このようにサブユニット間の相互作用により、交互にATPを用いたリン酸化反応と酸素親和性を調節することで、効率的にFixJタンパク質をリン酸化する。 | |||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||